Toon Boom日本支社は、Toon Boomのソフトウェアと日本のクリエイターたちの関係にフォーカスしたインタビューシリーズ『Toon Boom Interview Files』の連載をスタートします。第1弾となる今回は、2022年春にTOKYO MX、BS11で放送されたTVアニメ『ヒーラー・ガール』の原案・監督を務めた入江泰浩氏のインタビューをお届けします。 入江氏が、「今作の肝であるミュージカルシーンの実現に大いに役立った」と語るように、彼の制作に欠かせないツールだった絵コンテソフトStoryboard Pro。本記事では『ヒーラー・ガール』の事例からStoryboard Proの可能性についてお聞きしました。 続きを読む »
STORYBOARD PROの絵コンテは、設計図としての機能を余すことなく備えている
今回はTVアニメ『ブブキ・ブランキ』の監督や、映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』の副監督を務めるなど、長年にわたり日本アニメの第一線で活躍し、注目度の高い作品に数多く携わってきた小松田大全監督にインタビュー。
フリーランスという立場から、名だたるスタジオと仕事をしてきた小松田監督。Storyboard Proの活用術はもちろんのこと、フリーランスとしてのあるべき姿、制作の上で大切にしている作品へのアプローチまで、盛りだくさんに語っていただきました。
Storyboard Proとは?
Storyboard Proは、絵コンテやビデオコンテを制作するためのWindows/Mac用ソフトウェアです。日本国内外を問わず、様々なクリエイターさんやスタジオにてご利用いただいています。2019年12月に発売されたStoryboard Pro 7では、人気の高かったブラシ機能やタイムライン機能にさらに磨きがかかりました。
製品情報:Storyboard Pro紹介ページ
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導入のきっかけは新海監督
ー まずは小松田監督がStoryboard Proを使ってみようと思ったきっかけはなんだったのでしょうか。
新海誠監督が使っていたのがきっかけです。僕、新海さんとほぼ同期なんです。今から20年ほど前、新海さんが初めて自主製作した短編アニメの『彼女と彼女の猫』が世に出たときに、めちゃくちゃ衝撃を受けて。自主制作で物凄い作品が作れる時代になったんだと。僕は当時Production I.Gで動画をしていたんですが、新海さんの作るものは究極のアマチュアリズム、商業アニメーションを職業として選んだ自分とは距離があるとずっと思っていたんです。そしたら「君の名は。」が公開されて。
ー 商業アニメーションど真ん中で成功をされましたね。
アマチュアで自分のキャリアを積み上げてきた人が、商業アニメシーンで活躍するプロフェッショナル達と合流することで、あんなにも素晴らしいフィルムになっていることに驚きました。そして、改めて新海さんの映像の作り方に興味を持った時に、絵コンテでStoryboard Proを使っているという記事を拝見して。多くの観客が劇場に足を運んだ大ヒット作品を生み出したツールを試してみたい、デジタルで絵コンテを描いてみたいと思ったんです。
ー なるほど。ちなみに紙に書かれたアナログの絵コンテと、デジタルの絵コンテとの違いはどういった点にあるんでしょうか?
紙の絵コンテは描くのも内容を吟味するのも、ある程度の技術が要ります。読むだけでも読解力が要求される。本当は観客に近い目線での意見が欲しいはずなのに、紙だとプロデューサーにすら意見を言ってもらいづらい。紙の絵コンテはどこか専門的すぎて、閉鎖的だなという意識があったんです。それがStoryboard Proで作れるビデオコンテ(動画形式の絵コンテ)を見せたら、このカットが長いとか、前後の辻褄があってないように見えるだとか、率直な意見が聞けるようになりました。もちろん、その意見には玉石混交な側面もありますが、ビデオコンテは開かれた設計図だと感じています。
映像の設計図が映像であるのは、理想的で無駄がない
ー 実際にStoryboard Proを使い始めたのはいつごろからでしょうか。
2017年の春頃です。テレビシリーズの監督が終わってひと息ついている頃だったので、この機会に作業環境を丸ごとデジタルに切り替えてしまおうと思って、Storyboard Proを使い始めました。液晶タブレットの使い方から含めてゼロから覚えて、紙に鉛筆で描くのと同じスピードになるのに、予想していたよりもだいぶ早く10日くらいでできるようになりました。
ー 実際にStoryboard Proを使ってみていかがでしたか?
非常にシンプルで使いやすいと感じました。お絵かきソフトを触った経験のある人なら、すぐに使いこなせるインターフェイスなので、とっつきやすい。ベクターなどで絵を描くところからタイムラインの編集、3Dも含めて全ての機能が1つのソフトのなかに余すことなく入っています。その中でもやはり、ビデオコンテに強いことが大きな魅力ですね。映像の設計図である絵コンテを、描いた絵からダイレクトに映像で作れるというのは理想的です。
アニメーションを作り始める時、監督は絵、音楽、セリフ…さまざまな要素を考えます。それを大きく分けると視覚的なことと聴覚的なこと、つまり「映像」と「音」との組み合わせに対するプランが頭の中にあるはずですが、それを紙の絵コンテに落とし込もうとすると半分の情報しか込められない訳です。紙でプリントされた絵コンテから音は出ないので、半分しか伝わらない。
ー 確かに、視覚的部分がほとんどで、あとは文字で補足という形でしょうか。
例えば音楽がどこから始まるかという情報は、基本的に絵コンテには書かれないんですよ。書いたとしてもあくまで監督の個人なメモ書き程度でしかなくて。映像のプランの半分しか書かれていないんですから、絵コンテの解釈にズレが生じるのも当たり前ですよね(笑)。
ー 音に関する情報を共有できていると、ズレが生じにくいということですか?
はい、セリフにしてもそうです。以前、CGの現場で監督していた時に、プレスコ(先に声優の声を撮り、それに合わせて絵を描いていく手法)したデータがあると、キャラクターの芝居がつけやすいという感想を聞きました。声優さんの演技に合わせて芝居を絞っていけば迷わなくて済むし、そもそも作品の雰囲気やキャラクターの性格など、絵コンテを読んだだけではわからない情報が、キャストの声が先にあれば誰でも理解・共有できる。
ー 確かに、プレスコ形式を取られる際にStoryboard Proを使うメリットが大きいというお声はよくいただきます。監督はご自身で絵コンテにセリフの声を入れることもあるのですか?
いや、やってみようと思うんですが恥ずかしくって(笑)。でもやった方が絶対いいだろうなと思っています。ある作品のアフレコの現場で、「え!?」という一言のセリフで苦労した経験があります。その「え!?」が何度テイクを重ねてもうまくいかなくて、セリフのニュアンスを言葉で伝えるのって大変だなと痛感しました。もしもその時Storyboard Proで絵コンテを作って先に声を自分で入れていたら、確実に伝わりやすくなっていたと思います。
つい先日経験したことなんですが、僕自身アニメーターでもあるので例えば30秒もある長尺のカットの原画をかく際に、渡されたビデオコンテにセリフの音声が入っていると、自分の担当するカットが、そのシーンの中でどういう職能を要求されているかを理解した上で作業ができるんです。カット内での演技の時間配分も悩まないで済みます。紙に描かれた絵コンテだけで演技をつけていこうとすると、演出家の意図と違う芝居を描いてしまったり、必要な芝居を削ってしまったりすることがあるんですね。
ー セリフの声を聞いた上で作業をすると、迷いが生じにくくなるということですね。
そうです。さらに映像が一本につながったものを見たうえで作業できたのなら、このカットはこういう内容なのかなと、作業者の絵コンテの解釈の幅をある程度絞り込めるというか。絵コンテが設計図としての役割を、より厳密に果たせるわけです。
フリーランスとして、全ての要求に応えたい
ー 小松田監督はフリーランスという立場で色々なスタジオとお仕事をされていますが、Storyboard Proはご自身で購入されたのでしょうか。
いえ、以前参加していた作品のプロデューサーの方が「Storyboard Proに興味があるなら、うちで買うので使ってみてくださいよ」とおっしゃって下さったので、渡りに船とばかりに「是非!」とお願いしました。
実は2016年に僕が監督したTVアニメ『ブブキ・ブランキ』の制作の際にも、コンテをデジタル化できないかとプロデューサーと相談したんです。でも実際のところ、デジタルでコンテを描ける人は少なくて。そもそも、自分も描けなかったんですが(笑)。
ー その時はそれで断念されたんですか?
はい。その時は紙でいくことになりました。
ー 日本アニメではまだまだデジタルが普及していない、という声は今までのインタビューでも度々お聞きします。
そうだと思います。一方で、例えばアメリカのアニメーションの現場ではStoryboard Proが普及しています。それは、コンスタントにアニメーションを作り続ける制作会社がツールを購入し、一定数のクリエイターを正社員として雇い入れることで可能になっています。日本のアニメーションの現場はフリーランスが多く、会社ごとに使っているツールもバラバラで、一つのツールを普及するような土壌がそもそも存在しないように見受けられます。
ー 会社によってツールがバラバラということは、フリーランスに要求される技術もバラバラということでしょうか。
はい。なので、フリーランスで仕事をするなら、ある程度どの道具にも精通しておいた方がメリットがあると思います。どんな現場に入っても作業できるように備えておくというか。僕は究極的には、デジタルもアナログも、CGも作画も全てできる人がベストだと思っているんです。あと、これからアニメーションの仕事を始めるような若い世代の人たちと一緒に仕事をしていく上でも、むしろ先輩の世代である僕らが、紙もデジタルも両方できなきゃいけないなと思っています。
ー 他にフリーランスとして、Storyboard Proを使って良かったところはありますか?
映画『プロメア』の絵コンテのお手伝いでは、今石洋之監督のイメージボードのデータをそのままStoryboard Proでコンテのコマに貼って、その前後に芝居を描き足していきました。監督である今石さんのダイナミックでグレイトな絵があるのに、自分がゼロから絵を描くのは違うのではと思っていたので、補足説明的に絵コンテを作れたのは良かったです。デジタルデータは上に上に、どんどん内容を積んでいけるのがメリットですよね。監督の意図を具現化する、サポート的な作業をする上でもStoryboard Proは理想的なのではないでしょうか。
クラウドでのライセンス共有ができればStoryboard Proを使う人がもっと増えるはず
ー Storyboard Proを使っていて改善してほしい点はありますか?
ライセンスのクラウド利用ができないことが最大のネックだと思っています。僕のように複数の制作スタジオと仕事をしている場合、そのスタジオ毎にStoryboard Proを入れるという選択肢しかなくなる。他のソフトだともっと簡単にクラウド利用できるものもあるんです。ライセンスさえあれば、例えば4つPCがあったとしても簡単に同じ使い方ができるようになると嬉しいですね。
庵野さんのように作り手の息遣いを感じる作品を作りたい
ー 貴重なご意見をありがとうございます。現在はStoryboard Proを使うか、他のツールを使うか、紙に描くのかというのはバラバラなんですか?
そうですね、ツールをどれにするかは作品ごと、その現場ごとのやり方に合わせています。例えば、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』の現場の時は、監督の庵野秀明さんや鶴巻和哉さんに合わせて、紙で作業することが多いです。監督が紙で作業されているなら、自分も紙での作業がメインになります。
Storyboard Proについての話でこんなことを言うのは恐縮なんですが、結局道具なんてなんでもいいんですよ(笑)。絵コンテにしたって、その内容が重要なんであって。エヴァの現場で庵野さんに「コンテの絵を丁寧に書いているから、小松田くんはアニメーターから演出に役職を切り替えられてないんだよ」と言われたことがあります。庵野さんの絵コンテは幼稚園児が描いたような絵で描かれているんです。初号機の顔も丸を描いて、目が二つ、アンテナが一本描かれているだけ(笑)。でも、それで十分なんですよ。カメラの位置も、カットの内容も、その丸チョンの絵で全部伝わる。そして、丸チョンで描かれたコンテの絵を、カットを担当するアニメーターの人がどんどん良くしていってくれる。「画面としてクオリティが上がっていく方が、後工程の作業者が気持ち良く作業できるでしょ」と言われて、「ががーん!」とショックを受けました。
ー 作画の人が絵を描く際のテンションまで気にしておられるとは驚きです。小松田監督は絵コンテを映像の設計図として捉えているのに対して、庵野さんは絵コンテを叩き台として考えている印象を受けます。
そうですね、庵野さんはアイデアを検証するために何度でもトライすることを大事にされてますね。例えるなら、箱のフタの四隅についている4つのネジのうち、1つだけきつく閉めるようなことは絶対にしない。1つのアイデアに囚われてしまうのがイヤなんでしょうね。最後まで作品全体に自由度が欲しいんだと思います。そのためには、全ての素材はラフでいいという結論なんでしょうね。もっといいアイデアが浮かんだら、パッと今まで閉めてたネジを取り換えたい、いや、そもそもネジもフタもいらないんじゃないか!みたいな(笑)。
ー なんとも・・・・・・根気のいる作業ですね。スタッフも大変ですね。
(笑)。でも、そうやって庵野さんが作ったフィルムには、庵野さんのの息遣いがこもっているんですよね。あれがすごい。本当にすごい。
ー 小松田監督も、現在劇場作品の企画が進行中だとお聞きしました。その際にはStoryboard Proを使用されるご予定ですか?
コンテは自分でも描きますが、他のコンテマンの方々にもお願いする予定で、基本はStoryboard Proを使いたいと思っています。
Storyboard Proは自分の考えを客観的に検証するのに最適なツール
個人的な考えではありますが、クリエイティブというのは全てがゼロから生み出されるものではないんじゃないのかな、と思っています。むしろどこかから借りてくるものの方がずっと多い。人って生きていく中で、意識的か無意識かは問わずさまざまなものを見て・聞いて・触れるわけじゃないですか。折々に影響を受けてきた自分の表現のオリジナル、源泉のようなものがある。そのオリジナルを引用したり、模倣したりするところから表現が始まるのではないかと考えているんです。
引用が粗いと「なんだこれパクリじゃん」と言われちゃいますが、繊細に丁寧に組み込むことで、オマージュである事すら気づかれないところにまで達すれば、それは表現の1つの形なのではと思うんです。
僕自身、実際何かを創作しているつもりでも、無自覚に自分の頭の中にある何かと何かが融合しているだけのケースは多々あります。絵コンテを描く時、不意にカットとして頭に浮かんできた映像が、ひょっとしてこれは自分の中に過去に見たイメージのソースがあるんじゃないかと。それを否定するのではなく、自覚して受け入れて、昇華する必要があると思っているんです。
ー それでいえばデジタルは、頭の中のイメージを俯瞰しやすいというメリットがありますね。
Storyboard Proでの作業は、自分の考えを客観的に検証するのにうってつけだと思っています。例えば、自分の好きな映画の中に1→2→3って流れのカット割りがあったりするのを無自覚に模倣していて、自分の描いたコンテでは1→3→2ってカット順にしたり、2を飛ばして1→3の流れに変えて引用していたりする。そこでハッと気づいて、確かに今の時代で考えると、この流れ、このカットの順番だよなって。過去に見た映像のテンポを、今の時代のテンポに合わせて無意識に入れ替えていることに気づいたりするんですよね。
ー 過去に見た映像の記憶に、自分でも気づかずに手を加え再生産しているんですね。
そう、再生産!自分のやってることっての大半って再生産でしかないんですよね。生まれた時から映像が身の回りに溢れていて、それを見てきたんですから。だからこそ、そういう分析を繰り返し繰り返しやっていかないと、庵野さんのように作家の息遣いが作品に滲み出るところまでたどり着かないのではないかと思っています。
ー 小松田監督の熱量を感じられる次回作、期待しています!この度はありがとうございました!